営業の仕事をしていた頃、
「飲みニケーション」という言葉は、
ごく当たり前に使われていた。
毎週のように、
先輩から声がかかる。
断る理由を考える前に、
とりあえず行く、という流れだった。
店では、
たわいもない話から始まって、
気づくと仕事の話になっている。
夜が深くなるにつれて、
話題の境目は曖昧になっていった。
それが特別だと思ったことはなく、
仕事の一部、というほどでもなく、
でも仕事と無関係とも言い切れない時間だった。
自分が先輩になったときも、
同じようなことをしていた。
特別な意図があったわけではない。
そういうものだと思っていたし、
そうやって関係がつながっていく感覚も、
確かにあった。
今振り返ると、
飲みニケーションという言葉は、
その曖昧さを、
うまく包んでくれる便利な言葉だったのかもしれない。
良いか悪いかを、
はっきりさせなくても、
成り立っていた関係。
あの言葉が普通に使われていた頃には、
距離や役割について、
いちいち言葉にしなくていい時間が、
確かにあった気がする。
コメント