昔は、
買い物をするときに、
1円玉のことをあまり気にしなくてよかった。
値段を見て、
その金額を払う。
それで終わる感覚が、わりと普通だった。
財布の中をのぞいて、
1円があるかどうかを確認することもない。
お釣りに1円玉が混じるかどうかを、
考える必要もなかった。
だから、
いくら持っていれば足りるのか、
感覚で分かっていた気がする。
今は、
1円玉があるかどうかで、
支払いの仕方を変えることがある。
小銭を探したり、
まとめて払ったり、
別の方法に切り替えたり。
ほんの一瞬だけど、
その判断が、当たり前になっている。
昔が楽だった、という話ではない。
便利になった部分も、確かにある。
ただ、
1円玉を気にしなくてよかった感覚は、
買うかどうかを決める前に、
立ち止まらなくてよかった時間だった。
あの小さな単純さは、
暮らしのテンポを、
少しだけ軽くしていたのかもしれない。
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