昔は、
電車の中で新聞を広げる人が、
当たり前のようにいた。
折りたたまずに、
ページをめくって、
音を立てながら読む。
それが特別な行為だとは、
あまり思われていなかった。
混んでいれば少し気を使うし、
空いていれば大きく広げる。
その判断も、
なんとなくの空気で決まっていた。
今は、
紙を広げるより、
画面を見る人のほうが多い。
視線は下に向いて、
動きも小さい。
昔が良かった、という話ではない。
ただ、
新聞を広げる動作があった頃は、
同じ車内に、
いろいろな「使い方」が
同時に存在していた気がする。
読む人、
立っている人、
ぼんやり外を見ている人。
電車の中は、
静かだけど均一ではなかった。
あの紙の音と動きは、
公共の場所にあった
余白のひとつだったのかもしれない。
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