何もしない時間が、特別じゃなかった

昔は、

何もしない時間が、

特別なものじゃなかった気がする。

予定がない日もあったし、

やることが決まっていない時間も、

普通に流れていた。

だからといって、

退屈だと決めつけることもなく、

何かを探さなきゃいけない、

という感じでもなかった。

ぼんやりしていたり、

横になっていたり、

ただ時間が過ぎるのを、

そのまま受け取っていた。

今思えば、

あれは「休んでいる」というより、

「何も足していない時間」だったのかもしれない。

今は、

空いている時間があると、

何かを入れたくなる。

情報を見たり、

予定を作ったり、

意味を持たせようとする。

昔が良かった、という話ではない。

ただ、

何もしない時間が、

わざわざ説明しなくても許されていた感覚は、

確かにあった。

あの空白は、

何かを考えるためでも、

効率を上げるためでもなく、

そのままで成立していた。

この話、今だとどう感じますか?
だいたいの年代を教えてください

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