2026年– date –
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横浜の、いつもの話
三ツ沢に応援に行く話
自分が出た高校は、 サッカーが強くて、 たまに三ツ沢球技場まで 応援に行くことがある。 毎回というわけじゃない。 予定を立てて、 という感じでもない。 なんとなくそろそろ応援に行くか と思い三ツ沢に向かっている。 そんな行き方だ。 スタンドで試合... -
昭和の常識、今はどう?
「とりあえず様子見」が、いちばん賢かった頃
昔は、何かを決める前に 「とりあえず様子を見よう」と言うことが、 わりと自然だった気がする。 急いで結論を出さなくても、 怒られる感じはなかったし、 それで信用を失うことも、あまりなかった。 もう少し見てから。 状況が変わるかもしれないし。 今... -
横浜の、いつもの話
説明しないまま、残っているもの
理由を聞かれると、 うまく答えられないけれど、 なぜか覚えているものがある。 どうして好きだったのか。 なぜ印象に残っているのか。 あとから考えると、 説明できるほどの材料は、 あまり見つからない。 でも、そのときの空気や、 匂い、音、 身体の感... -
昭和の常識、今はどう?
いつか使う、で残っている箱
母親は、箱を捨てなかった。 お菓子の箱も、 海苔の箱も、 ジャムの箱も。 「いつか、何かに使うでしょ」 そう言って取っておくから、 家の中には、 いろいろな箱が残っていた。 実際、 輪ゴムを入れたり、 書類を入れたり、 細かい物をまとめたりして、 ... -
横浜の、いつもの話
磯子の工業地帯の匂い
磯子の工業地帯と聞くと、 今はもう、そこまで強い匂いはしないらしい。 でも、昔は違った。 はっきりとした理由は分からないけれど、 大豆油のような、独特の香りが、 あたり一帯に立ち込めていた記憶がある。 幼稚園の頃、 磯子のサッカー教室に通ってい... -
昭和の常識、今はどう?
分からないことを、すぐ調べなかった話
むかしは、 分からないことがあっても、 その場ですぐに調べることは、 あまりなかった気がする。 知らないままにしておいたり、 あとで誰かに聞こうと思ったまま、 結局そのままになったり。 それでも、 特に困らないことが多かった。 分からないことがあ... -
横浜の、いつもの話
野毛という街
野毛と聞くと、 まず思い浮かぶのは、 のんべい横丁のような景色かもしれない。 細い通りに並ぶ店。 昼間から開いているカウンター。 夜になると、急に人が増える感じ。 古くからあるバーや、 昔ながらの洋食屋も残っている。 初めて入るのに、 なぜか少し... -
昭和の常識、今はどう?
多少の暑さは、我慢していた話
子どもの頃、 教室の暑さも、 体育館の暑さも、 寝るときの暑さも、 どれも相当なものだった気がする。 でも当時は、 「そういうものだ」と思っていて、 特別に不思議でもなく、 ただ我慢して過ごしていた。 暑い日は、 暑いなりに動いて、 暑いなりに休む... -
横浜の、いつもの話
ビブレ前の、川沿いのおでん屋台街の話
横浜駅近くの営業所に勤務していたころ、 先輩に連れられて、ビブレの前の川沿いにあった おでんの屋台街に行ったことを、ふと思い出す。 仕事終わりで、特別な日でもなかった。 ただ寒い夜に、流れのままに屋台に寄って 湯気の立つ鍋を囲んでいただけだ。... -
昭和の常識、今はどう?
誰かの家に、普通に上がっていた頃
子どもの頃は、 近所の家や友だちの家に、 特別なことでもないように、 普通に上がり込んでいた。 夢中で遊んでいると、 気がつけば夕方になっていて、 「もうご飯だから帰りなさい」 なんて言われることもあった。 自分で家に電話をすると、 母親から 「...