横浜で暮らしていると、
あまり話しかけられないな、と感じる場面が多い。
道に迷っていても、
困っていそうでも、
誰かがすぐに声をかけてくる感じではない。
でも、それを冷たいと思ったことは、あまりない。
横浜では、
相手の事情に踏み込まないことが、
ひとつの気遣いになっている気がする。
今はそっとしておきたいのかもしれない。
自分で何とかしようとしている途中かもしれない。
誰にも説明したくない事情があるのかもしれない。
そういう余白を、
わざわざ確かめないまま残しておく感じ。
話しかけない、という選択が、
放っておく、ではなく、
尊重する、に近い距離感で成り立っている。
横浜では、
助けない自由と、助けを求めない自由が、
わりと自然に共存しているように思う。
必要なときは、ちゃんと手を伸ばせば届く。
でも、黙って立っているだけなら、
無理に引っ張られることもない。
それが少し寂しく感じる人もいるし、
その距離感に救われる人もいる。
横浜の優しさは、
声をかけることより、
声をかけないままでいられることに、
表れているのかもしれない。
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